新潟の戦争遺跡・戦跡 ~先人たちの足跡~


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村松陸軍少年通信兵学校の創設

村松陸軍少年通信兵学校当時の営門

空舎となった村松兵営に創設

昭和18年(1943年)6月、村松兵営に駐屯していた歩兵第158聯隊が千島列島松輪島に出動。同年12月、その空いた兵営に村松陸軍少年通信兵学校が創設され、陸軍少年通信兵学校としての第11期生800名が入校。生徒は北海道から鹿児島までと、全国各地から志願してきた、その多くが15歳、16歳の少年達でした。

学校創設の理由

戦争拡大において通信部隊の需要が高まり、昭和18年(1943年)10月、陸軍少年通信兵学校(当時:東京都北多摩郡東村山町)を新たに、東京陸軍少年通信兵学校、村松陸軍少年通信兵学校として創設。通信下士官の補給に対応しました。

陸軍少年通信兵学校学校の歴史

  • 昭和8年(1933年)
    陸軍通信学校(当時:東京市杉並区)の陸軍通信兵学校に少年通信兵15名入校。
  • 昭和17年(1942年)
    4月/相模大野(現在:神奈川県相模原市)の陸軍通信学校内に陸軍少年通信兵学校を併設。
  • 昭和18年(1943年)
    6月/歩兵第158聯隊、千島列島松輪島へ。
    10月/東京陸軍少年通信兵学校、村松陸軍少年通信兵学校創設。
    12月/村松陸軍少年通信兵学校に第11期生800名が第1回目の入校。
  • 昭和19年(1944年)
    6月/第12期生入校
    11月/第11期生315名が摩耶山丸54名、あきつ丸88名、神州丸173人が乗船してフィリピン方面出征。
    12月/神州丸、ルソン島に上陸。
  • 昭和20年(1945年)
    3月/第11期生約470名が卒業、各戦線配属
    4月/第13期生800名入校
    8月/終戦 在校生1,600名を帰郷させ、学校解散。

参考文献

村松町史編纂委員会『村松町史』下巻
(村松町教育委員会事務局、昭和57年3月31日発行)
709頁、710頁、715頁_719頁
ページ公開日 2011.05.05